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突然ですが,今日9月6日は<妹の日>らしいです.
誰が決めたかまったくわかりませんが(笑).

五月も最近出番が少なくて殺気立ってるし,こないだのはボツったし
というわけで今日は,先日行われた新初段戦の様子をお送りします.


【ドラマチックへも将棋:新初段戦】

(前回よりちょっとまともな架空観戦記)

今秋,昇格を果たした天野ゲルググ新へも初段.
この度昇段の祝福を兼ね,慣例にならい
タイトル保持者との記念対局が行われる運びとなった.

対局相手に自ら名乗りを上げたのは五月へも女流王位.
プライベートでは親友同士の二人だが,意外にも
これまでに直接対局したことは無いそうだ.
しかし,たとえ祝賀の席とはいえ,
花を持たせるつもりはさらさら無いだろう.

持ち時間は2時間.それを過ぎると一手1分未満の秒読みとなる.
対局会場は,時の塔最上階の和室<玄武の間>と決まった.

***

当日,先に姿を見せたのは五月へも女流王位.
明るい桜色の着物姿で,薄めの紅を引いていた.
持参のヴィッテルを脇に置くと,目を閉じて対局相手の到着を待つ.
一歩も引かない強気の攻めを信条とする居飛車本格派で
今日は伝家の宝刀<天守閣美濃>が見られるか.

やや遅れて入室した天野へも初段.
こちらはダークグレーのスーツに身を包んでいる.
愛用の扇子には「人生ゴールポスト」の文字が.
五月を豪の棋風とすればこちらは柔の棋風.
得意の四間飛車からの軽妙な駒さばきで勝負したい.

規定により天野の先手番.
立会人のル・モンテズへも棋聖が対局開始を告げると
両者は「お願いします」と深々と一礼する.
天野はひとつ深呼吸してから,
やや緊張した面持ちで,初手▲7六歩を着手した.

(棋譜はこの項の最後に)

***

控室には若手検討陣にまじって三月へも竜王の姿がある.
どのような戦いになるかという記者の質問に

「今日は新初段の天野さんに自由に伸び伸びやってほしいですね.
 ただ五月も本気で行くと言ってましたので,
 実際には先手がどう攻撃をかわして反撃に移るかが
 ポイントになると思います」と答えた.

盤上は先ほど29手目▲4五歩が指されたところ.
五月は得意の<天守閣美濃>に構え,
対する先手天野は四間に振ってから4筋の位を取った.
へも女流王位相手に序盤から積極的な動きを見せている.




「割とさくさく進んでますので,
 きっとお互い用意してきた作戦なんでしょうね」と三月.

ここまでの消費時間は先手36分,後手30分.

***

33手目,天野は10分以上考えて▲9八香と上がった.
次に△7五歩の仕掛けが見えているだけに勇気のある手待ちだ.
敵がレンジ(射程)の中に入って来るのをじっと待っている.
攻めを呼び込み,相手の力を利用して投げる.
それが振り飛車の<さばき>の真骨頂だ.

直後に後手は予定通り△7五歩から先攻,中盤戦に突入した.
現在は38手目,角交換から後手が△2二角と据え直したところ.

「すでに▲9八香と退避されちゃってますし,
 単に△7六歩が勝ったのでは」と三月.

後手の小さなミスだろうか.
しかし後で犯したミスほど重大となるのが将棋である.
序盤の失敗は挽回がきいても,終盤のそれは取り返しがつかない.

天野の長考中.背筋を伸ばし,じっと盤上を見つめている.
控室の予想は▲6七飛が本命.
現時点での消費時間は先手55分,後手38分.

***

△2二角への返答は▲6七飛ではなく▲6七金.天野の変化球だ.
次に▲4八飛の転回を見せられた五月は,予想外だったのか
少し困ったような表情で,頬に手をあてて考え込んでいる.

「これは天野さんの思惑通りの展開でしょうね.
 第一感は△5三銀と一度逃げておく手なんですけど
 ちょっと▲4六角の筋が気になります」と三月.




長考の後,強く△5五銀とぶつけた後手五月.
へも女流王位の意地とプライドか.控室は色めき立った.

銀交換が起こった後,天野は予定の▲4八飛.
今日のために準備してきた構想をついに実現させた.
お互い一歩も引いていない.

「8筋は捨てるという思い切った作戦ですね.
 左辺を破壊されている間に4筋から叩こうという.
 面白いことになってきました」

天野,落ち着いた指し回しで簡単にはリードを許さない.
五月の考慮中に,ついに両者の消費時間が逆転した.

***

お互い強気の応酬で見応えのある中盤となった.
現在54手目,後手五月が△4七歩と叩いたところ.
飛車で取ると後に△8八飛成〜△5八銀という
一撃必殺の筋が生じてしまい,対応は見かけより難しい.

常にポーカーフェイスの天野の頬にやや赤みがさしている.
控室の検討陣からは「後手がやや押している」との声が聞かれた.

***

結局▲4七同銀と,厄介な歩を銀で取り去った先手天野.
美濃囲いの形にこだわらない柔軟な発想.

△4四角と歩を払いつつ角の攻撃参加をはかった後手だが,
その瞬間,天野の右手から狙い済ました▲3一銀が放たれた.
足元の3一地点は<天守閣美濃>最大の急所.
△同金と取れば▲7五角の両取りがある.




五月はこの銀をにらみつけながら,親指の爪を噛んでいる.
なにか気に入らないことがあった時の癖だそうだ.

「五月は頭に血が上っちゃうとダメなんですよ.
 天野さんその辺りよく分かってますね」と三月.

残り時間は先手32分,後手27分.

***

後手の指し手のペースがはっきりと上がった.
落ち着かない様子で体を前後に揺すり,
時折うーんというため息が漏れる.
予想外の強襲にやや焦っているのか.

59手目の▲5八銀が落ち着いた味のよい一手で
薄くなっていた自陣を引き締めつつ飛車先を通した.
4七の歩をあえて銀で取った時からの構想のようだ.
この一手で,後手の左辺突破が突然<遠方の出来事>となる.

動と静.せわしなく動いている五月とは対照的に
あくまでも冷静沈着な天野を見て,
休憩がてら控室に顔を出したモンテズへも棋聖も
「どっちが新人かわからんのー」と苦笑.

現在62手目,△7七歩成と後手が飛車の横利きを通したところ.
直線的な切り合いを不利と見て盤面を複雑化させる.
次に△4六歩(ファンネル)〜△4七銀の押さえ込みや
△3六飛の転回を見せられ,先手も急に忙しくなった.




天野は先ほどから前傾姿勢で食い入るように盤をにらみ,
じっと読みふけっている.最後の大長考だ.

三月がぽつりと
「これひょっとすると,切ってくるかもしれませんよ」
とつぶやいた.

天野はそよりとも動かない.まるで機械仕掛けの人形のようだ.
先手の残り時間が5分を切った.

***

63手目,▲4四飛.
控室の検討陣から思わず「切ったぁーー!」と歓声が上がる.
約30分の長考の末の勝負手だ.

「非常に強い踏み込みですね.思い切ったなあ」と三月も感心.
ここで一気に決めるつもりなのか.

五月は両手を額に当て何か考え込んでいたが,
ペットボトルからヴィッテル水を一口飲むと,
落ち着かない様子で一度席を外した.

先手は残り時間を使い切り,1分将棋に突入.
対する後手はまだ20分弱の持ち時間を残している.
控室も急にあわただしくなった.

***

戻って来た五月は手に抹茶ラテの入った
白いマグカップを持っていた.
両手でこれを大事そうに抱え,鋭い眼差しで盤上を見つめる.

△4四同金.さすがにこの飛車は放置できない.
これを見た先手天野は,ノータイムで▲2二角と打ち込んだ.
セットしてあった3一銀を足がかりにして,
金に当てつつ「スカートの中」に潜り込む.
<天守閣美濃>の堅陣を内部から食い破るつもりなのか.

寄せがあるのかという記者の問いに,三月は
「いやー,これで寄ってたら大事件ですよ...,
 ただ,ここは冷静に受けないと後手まずいですね」とのこと.

△3三銀打はこの場面最強のがんばり.
▲1一角成と香を取った天野は,何かを確認するように
駒台の持ち駒を丁寧に並べ直した.


<クライマックス>五月ウサギvs天野ゲルググ

(30秒のデモ)

***

△3一金に▲1二角の打ち込み.唯一の逃げ場△1三玉に
ひと呼吸置いてから▲1五歩.これが「詰めろ」.
中盤までの穏やかな流れから一転して,大迫力の終盤戦となった.
秒読みに入ってからの天野の指し手に迷いは無い.
射程に捉えたと判断し,鋭い踏み込みから斬りに行っている.




三月は後手残していると言うが,
マグカップを両手でぎゅっと握りしめた五月の表情に余裕は無い.
流れは完全に先手.大金星の瞬間が見られるのか.
後手まずここは,次の▲1四歩(一手詰)を防がねばならない.

局後の感想戦で明かされた五月の読み筋は
△1五同歩▲1四歩△同玉▲1八香打に
△1六銀▲同香△同歩▲1五歩△同玉▲2六銀以下,先手勝ち,
合駒を桂にしても▲1六同香△同歩▲同香△1五歩▲2六桂から
やはり先手勝ち,だったらしい.
(実際には▲1八香打に△2五歩で助かっていたようだ.
 ▲2六歩にも△2七桂の妙防がある)

△1五同歩がまずいと見た後手は,歩を取らずに△2三銀.
先手の読み筋を変化球で外しにかかる.
だがこれを着手した直後,五月の顔色がさっと変わった.
幽霊でも見たかのように血の気が引いている.
天野は少し首をひねると,再び前傾姿勢を取った.

「あれ,△1五同歩で助かってるはずなんですけど,
 銀を渡しちゃうとこれ,危ないかもですよ」と三月.

勢いに気圧されたか.
顔面蒼白の五月は再び席を立ち,足早に休憩室に向った.
気持ちの整理が必要なのだろう.
持ち時間はまだ10分ほど残っている.

控室の検討陣はやがて「先手勝ち」の結論をはじき出した.
手順は▲1四歩△同銀▲同香△同玉▲1五歩△同玉
▲1九香△1六歩▲2六銀△1四玉▲1六香(合駒きかず)まで11手詰.
後手,悔やんでも悔やみきれない痛恨の失着だ.

***

天野は秒読みぎりぎりまで考えてからの着手で
ひとつしかない勝ち筋を正確になぞっていく.どうやら読み切ったようだ.
その白い指先が緊張で震えているのがわかる.
金星はもう目の前に迫っていた.

しかし,勝負というのは最後の最後までわからないものだ.
▲1五歩△同玉とつり出した後,
79手目▲2六銀が指された途端,控室に悲鳴が上がった.
順番をひとつ間違えたのである.
たったそれだけのことで,この瞬間,先手の勝ち筋は消えた.

五月はすっと眉を寄せると,すぐに△1六玉と
銀の死角である側面へと滑り込んだ.
「あっ」と小さな叫び声を立てる天野.
まさかの手順前後不成立に気づいた様子で
右手に香を持ったまま固まっている.

「......50秒...」

秒読みの声が,<玄武の間>に静かに響いた.

***

後は,心の動揺と時間切迫でパニックに陥った先手を
後手が冷静に仕留めるだけだった.

王手ラッシュをひらりひらりとかわした後,
△1九飛から速やかに後手の逆襲が開始される.
以降112手目△7八と寄まで,スマートに寄せて五月へも女流王位の勝ち.
天野新初段は詰みまで指してから,
「負けました」とゆっくり頭を下げ,投了を告げた.

<投了図>



対局を終えた天野へも新初段は,インタビューに

「初歩的なミスを...あと,
 思い切り良すぎ...でした...ありがとうございました...」

と答え,また五月へも女流王位は

「こんな強力な新人は反則(笑).負けにしたと思いました.
 でも,これが将棋なんです,間違えた,これがへも将棋なんです」

と話した.

<完>



(棋譜再現)

後手:五月ウサギ

先手:天野ゲルググ
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